隊員&OB・OGインタビュー

自然とつながる幸せ、山の恵みを、芸術や活動を通して伝えていきたい。

中之条町 古川葉子さん OG(2016年~2019年)

Q:地域おこし協力隊に応募したきっかけを教えてください。

古川葉子さん

A:中之条ビエンナーレに参加したときに、六合地区に4カ月ぐらい滞在しました。滞在制作をする中で、野菜を毎日貰ったり、「ご飯を作りすぎたから食べよう」って声をかけてもらったり、滞在作家がそれぞれ野菜を持ち寄って料理して食べたり。私が木の実で漬けたお酒を飲みながらわいわいやっているうちに、山や人からいただいた恵みで自分の身体が作られていくのを感じました。精神をいい状態で研ぎ澄ましていって、その結果自分も作品も地域に入っていけたんです。地域に入った結果、自分も変わって、作品も変わって来たので、作品を見た人にも何か感じてもらえるんじゃないかと思いました。命を育むことと作品を創ることは全部つながっているというか。

それまでは横浜で活動し、木彫して銀座で展示したりお客さんと話したりしていましたが、そういう感覚と全然違ったんです。大地と生きているって感覚が楽しくて。それって私にも必要だし、今生きている人みんなに必要なんじゃないかなって、可能性を感じて4ヶ月の滞在制作を終えたんですけれど、横浜に帰ったら干からびたようになってしまって「生きるって何なんだろう」って悩んでしまったんですよね。

ちょうど、借りていたアトリエから引っ越すことになって、アトリエがなくなったらどこにでも行ける、どこにいる自分が好きかって考えたらすぐ六合が浮かびました。六合で何かやりたいと思いました。

作家活動だけでは正直不安だったので、調べたら、地域おこし協力隊の募集があって。仕事内容も好きなことというか、私がやりたかったことができるかもしれないと思って応募しました。

Q:隊員だった時の活動内容と、当時のうれしかったことや大変だったことを教えてください。

古川葉子さん

A:まずは工芸をやりたいと思って、「めんぱ」っていうお弁当箱から始めました。まず職人さんに会いに行って一から作らせてもらったんです。次に「こね鉢」っていう木の鉢。その次に「こんこんぞうり」。まず教えてもらってやってみる。やっぱり見学してても魅力は分からないですよね。もともとものづくりをしていたこともあって、見ているとこの手が「触りたい」ってうずうずするんです。

私の活動を六合のケーブルテレビ「くにっこチャンネル」でも取材してくれて、全部ドキュメンタリーとして放送してくれて、その結果、私の認知度も上がりましたし、地域の人達も、どのようにして伝統工芸が作られているかを再認識してくれたと思います。いきなり町外に工芸品を発信するんじゃなくて、まずは地域内から地固め、という意味もありましたね。

また、ウワミズザクラっていう桜の実のお酒がありまして、これまで飲んだことのないおいしさで、知って以来果実酒づくりを趣味でやっていたんですけど。こっちには、横浜では取れないような山の恵みがいっぱいあるので、いろいろ漬けるのが楽しくて。そうしたら、果実酒の本を出している先生が中之条にいらして、アポを取って会いに行って、「酔いしれ六合」っていうお酒を漬ける講習会を、3年間、2ヶ月に1回くらいやりました。

Q:2年目は、どんな活動をされたんですか?

A:私が学んだものを外に発信していくようになりました。鎌倉の洋服屋さんでイベント出展したり、人に知ってもらう活動ですね。六合に来る前に働いていたナチュラルライフを提案するお店にも企画を持っていって、展示やワークショップをやらせていただきました。町役場の方と観光協会の方と地域のおじいちゃんおばあちゃんと、議員さんも手伝ってくれて、2年目はいろいろ動いていましたね。

Q:協力隊に在籍中も、中之条ビエンナーレには参加したんですか?

古川葉子さん

A: はい。2年目に中之条ビエンナーレがあったので、六合の、普段見られていない風景のところに人を連れてきたくて、山奥の「よってがねぇ館」に会場を設定して、地域の人にも協力してもらって、丸ごと六合を感じてもらうって作品にしました。

寝転がれるほど大きく藁を編んだんですけれど、おばあちゃんたちがいっぱい手伝ってくれました。9時に来て、夕方5時まで手伝ってくれるんですよ。当時は「年寄りが畑から消えた」って言われたりしたみたいです。「ま~た古川んとこ行ってんだんべ」なんて。本当にいろいろ協力してもらいました。

「よってがねぇ館」はあまり使われていない施設だったので、そこをもう一度活性化したいとも思いました。景色も最高なんですよ。白砂山と浅間山が両方見えて、ここまで来たら絶対楽しいし、ここまで来たからこそ見える風景があって、会える人がいて、食べられるものがある。実際開催期間中5,000人ぐらい来てくれて、「こんなに人が来たのは開館以来だ」って言ってくれて、すごい嬉しかったですね。

3年目も、県外や国外に、中之条町の技術とか山の恵みを持っていって作品を作って、作品を感じてもらって「中之条町に行きたい」って思ってもらえるような発信活動を行いました。

Q:現在の活動(事業)内容と始めたきっかけを教えてください。

制作風景

A:「地域おこしが終わったらどうしよう」ってまっさらなまま卒業したんですけれど、やめたとたんにいろんなところからいろんな話が来て。横浜でフェアをやったときに知り合ったお客さんが問い合わせをしてくれたり、仕事の話も来たり。例えば蚕が最初に吐き出す糸の「きびそ」で「こんこんぞうり」できないかな、というような問い合わせに、「こういうことをできるのは古川さんしかいない」ってつないでくれたりとか。

つい先日は、新宿ルミネで「旅ルミネmeets中之条」ってイベントに出品して、ワークショップをやらせてもらいました。「めんぱ」からはがきを作るというワークショップで、その場で投函してもらうためにオリジナルで封筒も作ってもらう内容にして、切手も六合の小正月のおまつりをモチーフにオリジナルで作って、準備は怒涛のようでしたが楽しかったですね。今年は他にもお願いされていることがあるので、それらをやっていくうちにまたおもしろいことを思いつくんだと思います。

だから、卒業してもやっていることは変わらないですね。収入は変わりましたが、生かされているというか。地元で草むしりのバイトなどをさせてもらいながら、彫刻家としての仕事もいただいたり、生きていけています。「任期終了するなら店を出さなきゃな」とも言われていたんですけど、店はやりたくなかったんですよね。

Q:今の事業で心がけていることや目標があれば教えてください。

古川葉子さん

A:隊員としての3年間を振り返って、自分のやってきた活動はおもしろかったんだなって思いました。私も楽しかったし、関わってくださった方も楽しんでくれてたし、だからやってきたことは間違ってなかったのかなって。

今も何とかやっていけているし、私は作っていられればいいので、作品の販路も少しずつ広げて生きていけたらいいなって思います。

自然や山とつながって、あやなしていくことで幸せになっていったらいいなって思うんです。自然と関わることで平和になっていったらいいなって。生のものに触れるというのは絶対大切なのに、現代の人はどんどん離れていっていると思うので、つながる役割になりたい。それが私の芸術表現だったり、買ってもらう商品だったり、いろんな形で探っていくと思うんですけど、「山の恵み」っていうのはずっとやっていきたいですね。

中之条ビエンナーレ2019で展示中の作品(2019.8/24~9/23)

中之条ビエンナーレ2019で展示中の作品