隊員&OB・OGインタビュー

「お蚕は稽古」 一生をかけて学び続ける。

富岡市 浅井 広大さん OB(2016年4月~2019年3月・2019年4月~2020年3月)

Q:地域おこし協力隊に応募したきっかけを教えてください。

A:大学卒業後、青年海外協力隊としてネパールで活動しました。その事前研修でお世話になったのが甘楽・富岡地域です。研修中には地域の農家の皆さんにサポートしていただき、ここは良い地域だと感じていました。ネパールでの活動を終え、日本に帰国して間もなくの2015年4月、ネパールで大地震が発生しました。私が活動していたネパール・シンドパルチョーク郡では甚大な被害が生じ、甘楽町のNPO法人「自然塾寺子屋」に所属しながら、1年間復興支援活動を行いました。その間、養蚕農家の方に研修に行く機会があり、そこで、蚕を育てるご夫婦の姿に感銘を受け、養蚕をやってみたいという気持ちが芽生えました。NPO法人自然塾寺子屋を通じて甘楽町とつながり、地域おこし協力隊という制度を利用して、3年間養蚕業に取り組んでみようということになり、協力隊として活動を始めることになりました。

 

Q:隊員時の活動と現況について教えてください。

A:2016年から甘楽町で養蚕農家さんの元でノウハウを教わり、養蚕農家としての活動をスタートさせました。任期終了後も養蚕業を続けるために空き家を探していましたが、なかなか見つかりませんでした。農業を始めるなら畑を借りればいいのですが、お蚕を飼うには、建物とハウスを建てる場所が必要です。古くからの養蚕農家の家屋では、2階が蚕室として活用できるよう、仕切りがなく広々としており、空気の流れを良くする構造になっています。そんなとき、たまたま見つかったのが富岡市の養蚕体験・研修所「大丸屋」でした。築150年の養蚕農家の典型的な建物です。2019年、富岡市の地域おこし協力隊として「大丸屋」に移住し、1年間協力隊として活動した後、2020年4月独立しました。
お蚕は、5月20日から始まる春蚕、夏蚕、初秋蚕、晩秋蚕、初冬蚕の5回、繭を生産しています。10月末で初冬蚕が終わると、11月~1月まで下仁田ネギ、2月~4月は長ネギを育てて出荷しています。お蚕のシーズンには、見学者や体験希望者を受け入れています。これは実際の生産現場を見てもらうもので、問い合わせがあれば、「この時間に蚕に桑をあげるので見学してもらっていいですよ」と案内したり、蚕が糸を吐く時期には2階の蚕室に案内して説明したり、できる範囲で対応しています。
世界遺産・富岡製糸場は素晴らしい場所ですが、実際に養蚕現場にも足を運んでもらうことで、よりリアルに理解し、感じてもらえると思いますし、富岡製糸場と養蚕現場が互いに補完し合うような形になることが理想です。

 

 

 

Q:養蚕の魅力を教えてください。

A:私は養蚕農家の方たちが五感を使って蚕を育てる姿に感銘を受け、養蚕の道に進みました。蚕が糸を吐き始めたら、すぐに2階に移す作業を行います。これを「お蚕上げ」と呼びますが、このタイミングを見極めることが非常に重要です。蚕が大きく育つためには、できるだけ桑を食べさせた状態で繭を作らせる必要があります。そのため、蚕の状態をしっかり観察して判断することが大切です。蚕を触って確認したり、色や匂いで状態を見たりします。また、繭を作り始める直前には、蚕が大量の排泄物を出し、部屋の匂いが変わることがあります。この匂いの変化も判断材料となります。さらに、蚕はお腹がいっぱいになると桑を食べなくなるので、その音の変化にも注意を払う必要があります。五感を使った観察は奥が深く、魅力的だと感じました。
協力隊の活動時代も数えると、私が養蚕を始めて今春で10年目になりますが、養蚕の奥深さや魅力は深まるばかりです。お蚕上げ前の1週間は、雨の日でも風が強い日でも、桑を採りに行っては蚕に与えなければなりません。睡眠時間を削りながら夜遅くまでの作業をするわけですが、こうした作業を先人たちや先輩農家さんたちは長年続けてきたことを思うと、尊敬の気持ちが一層強くなります。
養蚕はとても魅力的な仕事です。お蚕を育てることは、「稽古」という言葉に表現されています。これは、一生をかけて学び続けるという意味で、毎年が新たな挑戦です。ベテラン農家さんたちも、「毎年が1年生だ」と言うくらい、永遠に学び続けられる仕事です。毎年毎回が稽古です。

 

 

 

Q:甘楽・富岡地域で暮らしてみて良かったと思うところは?

A:農業をする上で、雪が降らないため冬でも作物を育てて出荷できる点は、新規就農者にとって非常にありがたい点です。また、養蚕農家がまだ存在しているおかげで、先輩農家さんの背中を追いながら技術をしっかりと学べることは大きなメリットです。市や県は養蚕に関連する補助金や支援体制をしっかり整えているため、養蚕を行うには非常に良い環境だと感じています。農協にも養蚕に関する知識を持った担当者がいて、新規農家が少量の商品を販売できる仕組みも整備されており、販売場所が確保されている点も非常に良いです。また、この地域は多品目の農産物を作っているため、作物がかぶりにくく、効率的に農業を行うことができます。甘楽・富岡の農家の方々は技術を惜しみなく教えてくれるので、学びやすく、助け合いの精神が強い地域だと感じています。

 

Q:これからの目標を教えてください。

A:最近、「富岡シルク」への引き合いが増えたことにより、繭の価格が上昇しました。富岡シルクとは、私たち養蚕農家で生産された繭を安中市の碓氷製糸で生糸に加工し、富岡シルク推進機構が手がける純国産のオリジナル商品です。引き合いが増えるということは、繭の生産量を増やしていくことが求められますが、自分一人では作れる量に限りがありますから、新規参入者を増やすことも大事だと思っています。また、先輩のベテラン農家さんたちの中には、年齢や体力的な理由から養蚕業を続けるのが大変な時期に差し掛かっている方もいらっしゃいます。そのため、その技術を学び、みんなで守り続けていくことも大切だと思っています。

 

Q:これから隊員を目指そうと思っている人に向けて、アドバイスをお願いします。

A:地域に入る前に、まずしっかりと信頼関係を築いておくことが大切です。入ってから「想像と違った」と感じることがよくありますが、事前に信頼できる人を数人見つけておくと良いと思います。相談できる人や安心して頼れる場所を持つことは、後々の活動に必ず役立ちます。自分の活動に伴走してくれる人がいるかどうかは非常に重要です。応募する前には、実際に地域に足を運び、その土地の状況を理解したうえで、たとえ募集内容が魅力的でも、3年後に独立できるビジョンが見えるかどうかもしっかり考えてほしいと思います。

 

(取材日:2025/2/3)