小麦や野菜を自然栽培し、体に優しい地産地消のパンを提供したい。
Q:みどり市の地域おこし協力隊に応募したきっかけを教えてください。
龍之介さん:僕は埼玉県川島町、妻は群馬県邑楽町の出身で、結婚当初はシステムエンジニアとして働いていました。農業を目指したきっかけは2011年の東日本大震災です。岩手県大槌町にあった祖父方の家が流され、他人事ではなくなり、人生観がすっかり変わりました。もともと体も弱かったこともあり、食べ物から変えていこうと思いました。そこで、農薬や化学肥料を使わない有機野菜を栽培する農業法人で、3年間学びながら働きました。その後、新規就農先を探しているときに、地域おこし協力隊を選択肢の一つと考え、見学に来て決めたという流れです。
梨乃さん:私は当時、仕事をしていなかったので動きやすかったし、自分たちがやりたいことをやろうというスタンスでした。群馬には私の実家もあり、ハードルは低かったです。
Q:初年度の活動内容を教えてください。
龍之介さん:着任するに当たり、小麦を栽培してパンに加工して販売する、農業の6次産業化というビジョンは固めていました。そこで、まず農地探しから始めました。
梨乃さん:最初は干し芋農家のお手伝いをしながら、農地を探しました。
龍之介さん:群馬は小麦栽培が盛んな土地柄ですが、それは平野部の広い農地での話であり、山間地域の狭い畑では、効率が悪くて小麦は誰も作っていませんでした。でも、僕たちは小麦栽培だけで生計を立てるのではなく、加工から販売まで行うというビジョンなので、ここでチャレンジしてみようと思いました。地域の人たちとのつながりから使われていない畑をお借りしましたが、なにせ耕作放棄地ですから荒れていたので、毎日草刈りして、耕しました。農機具は、農業委員さんが離農した人たちの道具を集めてストックしてあったものを使わせてもらえたので、助かりました。ちょうど着任した年に、製パン用の小麦の新品種を県で推進することになったと教わり、農業指導センターで講習を受けて、その種をまくことができました。
梨乃さん:私は着任して間もなく1年間の産休に入ったので、初年度の活動は夫の農作業が中心でした。
Q:栽培は順調に進みましたか?
龍之介さん:いや、想定外のアクシデントがありました。無農薬で露地栽培なので、虫とか天候とかの問題はある程度覚悟していましたが、一番の問題は獣害でした。サル・イノシシ・シカ・クマ……。まず、芽が出てきたときにシカがかじる。なんとか生育した後1か月くらいで収穫かなと思ったときに、イノシシが畑を掘り返して地中のミミズなどを食べる。ボコボコになって、機械も入らなくて……。棒を立ててネットをかけたぐらいでは全然だめでした。音を鳴らす機械を付けても効きませんでした。ライ麦を植えた畑は結局ダメになってしまいました。今年は頑丈な柵をつくる予定です。
Q:加工の方はどのように?
龍之介さん:2年目に入り、課題もわかって畑が何とか落ち着いたので、加工の拠点探しを始めました。
梨乃さん:市役所からの紹介で何軒か見た中で、駐車場が広く取れて、店舗兼自宅に向いているということで、ここに決めました。築200年くらいの古民家で、空き家になってからもずいぶん経つのでかなり傷みもありました。まずはパンの加工場となる厨房。一部大工さんにお願いしたところもありますが、床や壁紙貼りは二人でやりました。
龍之介さん:自分たちでできることは何でもやっています。家を直す技術もかなり身につきましたよ。
梨乃さん:まだ改修中ですが、この4月から住み始めています。「もものはベーカリー」と名付けて、商品開発も進めています。食パンをメインに10種類くらいを作る予定です。
龍之介さん:ライ麦、トウモロコシ、トマト、カボチャ、小豆など自家栽培した野菜を使いながら、近くのブルーベリー園のブルーベリーや協力隊員が作っているハチミツ、地元の卵屋さんの卵などを使い、ここでしか買えない商品、わざわざ買いに来ていただけるような商品を作りたいと思っています。
Q:他の協力隊員との交流は?
龍之介さん:みどり市の協力隊は「観光」「農業」「林業」「木材産業」と4つのカテゴリーで、それぞれ個別の目的で活動していますが、何かあったときには協力し合えるよう連携は取れています。
梨乃さん:家の前を駐車場に整備するときには、林業の人たちがユンボを使って更地にしてくれました。店舗のロゴを彫り込んだプレートも、木工をやっている人に作ってもらったんですよ。
Q:みどり市で暮らしてみていかがですか?
梨乃さん:県内出身とはいえ、着任するまであまりなじみのない土地でした。でも、実家まで車で1時間ちょっとというのは安心です。子どもは4歳と1歳。保育園も少人数なので手厚く見ていただけて、他のお母さんたちとも話しやすく、子育ての不安はありませんね。小児科専門医がちょっと遠いのが不便なくらいです。
龍之介さん:僕はすごく気に入っています。ずっと平地暮らしだったので、起伏に富んだ土地が新鮮です。気候もカラッとしていて、夏も涼しい。買い物なども特に不便は感じていません。
先日、農業委員会の方から声をかけていただき、小学校の収穫体験授業の講師をしました。農業の普及に役立てばとお受けしたのですが、子どもたちの反応も良く、すごくやりがいがありました。先生にも毎年やっていきたいと言われて、そういうところでも地元の役に立てればうれしいですね。
Q:残りの期間や任期終了後は、どのように活動していく予定ですか。
梨乃さん:玄関の土間を店舗の売り場にする予定で、畑の作業が落ち着いたら冬の時期に改装して、来春の花桃まつりの時期に合わせて開店したいと思っています。委託販売・注文販売の方は、この秋から始められればと思って進めているところです。
龍之介さん:当初は付加価値を付けたこだわりの商品を作って、高くても選んで買ってくれる人を狙い、ネット販売中心でやっていこうと思っていました。ところが、宣伝もしていないのに情報が広がって、地元の人がすごく楽しみにしてくれているんです。
残りの任期は、妻が約1年半、僕は1年を切りましたが、地元の人たちに愛されるパン屋さんを目指すのがいいのかなと、今は考え方が変わってきました。
僕たちのように、移住してやりたいことが決まっているなら、夫婦で地域おこし協力隊としてチャレンジするのはいい方法だと思いますね。
(取材日:2021/7/30)