「昆虫が好き」という気持ち、出会った人との縁で、ここまできました。
Q:地域おこし協力隊に応募したきっかけを教えてください。
A:そもそもは群馬県で就職活動を始めた、というところにさかのぼります。私は北海道生まれで、大学から大学院に進み、昆虫について研究していました。小さいときから昆虫が好きだったんですよね。しかも所属した研究室にはマニアックな虫ばかりいて、昆虫はすごいな、本当におもしろいな、と日々感じていました。就職を考えたときにやっぱり昆虫に関わるところで、できれば多くの人に昆虫を好きになってもらえるきっかけも作りたいと考えました。そこで浮かんだのが蚕だったんです。
実は大学院の1年生の時に蚕を50頭飼ったんですね。研究ではなく全くの趣味で、卵を貰って、ふ化からやりました。「こんな生き物がいるんだ」と思って、とてもかわいかったんです。でも今の北海道にはもう養蚕農家はなくて。他の農業の方が断然儲かるので、当然と言えば当然ですが。
一方、群馬県にはまだ養蚕農家さんが多く残っていると知り、富岡製糸場などもあるので、まだこれから養蚕が盛り上がるんじゃないかと思って、前橋市で行われた農協の合同説明会に参加しました。そのときに、吾妻農協の方から「知り合いで蚕を飼っている人がいる。しかも天蚕(日本原産の野蚕)だよ」というお話をいただいて、「じゃあ今度行かせてください」と面接と併せて見学させてもらうことにしたんです。
それで、天蚕農家に見学に行ったら、役場の農林課の方もいらしていて、「地域おこし協力隊という制度を利用して蚕を飼ってみないか」と誘われました。
Q:農協職員ではなく、協力隊員になった理由は何ですか?
A:現在中之条町で養蚕をしている農家さんは高齢で、早めに教わらないと技術が途絶えてしまうかもしれないと思いました。農協職員になると仕事もあり、週末にしか養蚕に触れられないので、それだったら全面的に養蚕に関わる地域おこし協力隊になろうと思いました。
Q:実際の活動内容について教えてください。
A:活動目標は蚕の飼育方法を覚えることと、加工技術の習得です。
1年目は家蚕(屋内で飼育する蚕)農家さんで春、初秋、晩秋と修行させてもらいました。また、時間が空いたら天蚕農家さんも見に行き、飼育の流れを教えてもらいました。冬季は糸取りの方法を学んだり、真綿作りに行ったり、お金の流れの勉強をしたりしました。
2年目の今年は自分一人で家蚕を飼うことを目標に頑張っています。春蚕は5gっていう単位で、大体15,000頭を飼いました。でも養蚕農家にしたら全然ですね。普通は、10gで30,000頭として20g以上、現役農家さんなら40~50g飼う人もいるんじゃないかな。
もう、毎日が楽しいんですよ。蚕って日に日に大きくなっていくので見ていて飽きないというか、「どんな細胞分裂しているんだろう」って興味津々です。わしゃわしゃと桑を食べる様子もとてもかわいいんですよ。
天蚕の方は、今年はハウスを一棟借りてやってみているんですが、こっちは飼うのが難しいんです。網に入れて鳥に食われないようにして、除草剤が使えないので、すごい広い畑を手作業で刈っていたりして。手間暇はかかります。あと、あくまで野生なので、天敵もいますしね。網をすり抜けて入ってくる虫とかが天蚕を食べてしまうので、どんどん数が減ってしまい、つけた卵の10分の1ぐらいしか繭にならないと言われています。
Q:養蚕の課題は何ですか?
A:やはり養蚕だけでは食べていけないので、それが厳しい課題ですね。中之条町の繭の買い取り価格は、農家数や補助金の関係もあって同じ群馬県内の富岡市や安中市の半額以下になってしまうんです。私は春蚕を28kg取りましたけど、計算したら5万円にしかならなくて、本当に厳しいと思いました。なので、自分で売る先を探すとか、そういうことを考えていかないと、蚕を飼うだけ赤字になってしまいますね。
天蚕の方も、農家さんはお米を売るので稼いでいて、天蚕の方の利益はそんなにないと聞いています。だからそっちの販売ルートも見つけないといけないですね。
Q:繭の加工についてはいかがですか?
A:とりあえず糸にすることを覚えようと思っています。糸の取り出し。農家さんの奥さんに「こうだからやってね」って言われて、やりながら覚える、でやっています。完全に慣れですね。機械じゃなくて座繰りでもできるんですけれど、ただ時間がめちゃくちゃかかるからそこが課題ですよね。いかに効率よく糸を取るかを考えていきたいです。
Q:中之条町の生活はいかがですか?
A:楽しいです。役場の人もすごくよくしてくださいますし、農家さんもすごいやさしいので、そういった意味では北海道にいた時よりも濃厚な人付き合いをしているかもしれません。結構田舎って疎外されるイメージがあったんですけど、全くそんなことはなく、皆さん面倒見がいいと思います。中之条町はビエンナーレをやるぐらいだから、他の田舎とは違うのかもしれませんね。人が来ることに慣れているのかも。
それに、普通に市街地で蛍が見られるんです。6月半ばぐらいには、役場(市街地)のまわりでも蛍がわんさか見られるので、昆虫好きとしてはうれしい限り。仕事終わりにビール片手に見に行ったりして、蛍を見ながら一杯飲むこともあります。こんな贅沢、他ではできないなって思います。
Q.今後の目標を教えてください。
A:まず今年の繭の量がどれくらいになるか、加工するのにどのくらい時間がかかるかというのをこの冬見極めてみて、来年の飼育量を考えたいと思っています。あとはもうちょっと、天蚕の方にも力を入れて勉強したいですね。
任期終了後も考え始めてはいるんですけど、なかなか定まらなくて。養蚕だけでは生活が成り立たないので、養蚕と観光を絡めて何かできないかなとも考えています。今、近くにある吾妻風穴を再建しようと活動している人たちがいらっしゃって。養蚕と絡めて観光地化できないかって話をしているので、そういう方とも話をしていきたいと思っています。