養蚕農家の厳しい現状を打開したい。
Q:甘楽町の地域おこし協力隊に応募したきっかけを教えてください。
A:大学卒業後、青年海外協力隊としてネパールに派遣され、2年間活動しました。帰国後、甘楽町にあるNPO法人自然塾寺子屋に籍を置き、ネパール地震の復興支援を1年間行いました。その間、今後の身の振り方を考えていたところ、養蚕農家が減少しているという話を聞きました。もともと農業関係の仕事に就きたいと思っていたんですよね。日本の第一次産業を元気にしたかった。だから養蚕農家の話を聞いて、技術を受け継ぐ人がいないなら自分が手を挙げようと思ったんです。ちょうどその頃、甘楽町の町長さんから「地域おこし協力隊って制度があるからやってみないか」と打診され、協力隊員になりました。
Q:実際の活動内容について教えてください。
A:1年目は甘楽町と富岡市の養蚕農家さんで研修させてもらいました。研修先の養蚕農家さんでは1年に4回蚕を育てていたので(春蚕、夏蚕、晩秋蚕、初冬蚕)、春から夏にかけて研修して、秋と冬は自分で7,500頭を飼いました。
蚕を飼える場所も道具もなかったので、全て役場の方がつないでくれましたね。「管理できない畑を貸したい」という方に畑を借りて桑畑にしたり、養蚕農家さんの集まりで使わない道具を借りたり、トラクターを貸してもらったり。僕が調達した道具はほんのわずかです。ほしいものや困ったことは自分から意識的に発信するようにはしていましたが、助けてくれる人がとても多くて、手厚いサポートを受けました。
先輩農家さん達は、最初は「こいつ続くのか」って半信半疑だったと思います。でも皆さん、蚕を育てているときにちょくちょく様子を見にきてくれて、アドバイスをくれて、僕が繭を出荷するとそれを見て「頑張ったな」って言ってもらえて、少しずつ仲間として見てくれるようになったと思います。蚕って1日の中でもどんどん大きくなるんですよ。そうやって成長している様子を見るのがやりがいですね。あと繭をちゃんと出荷できた時はほっとします。
1年目は学びが多く、2年目でようやく流れがつかめたという感じでしょうか。3万頭を飼うようになって、2年目の秋には5万頭になって、今度は養蚕をしていない期間に何をするかを考えるようになりました。
養蚕は冬の時期がぽっかり空くので、冬場に何をするかが課題でした。1年目の夏だったか、たまたま出会った地元の酒蔵の聖徳銘醸の方が「冬場に人が足りない」と言っていて、冬場の活動を探していた僕はその話に飛びついて。その後、役場の方を通して正式に研修生として受け入れてもらい、養蚕の終わった11月から春までは酒づくりを手伝わせてもらうようになりました。最初は酒粕を取る作業からでしたね。すべてやりながら覚えていくという感じで、何が何だか分からないまま、1年目から大吟醸の仕込みをやらせてもらいました。大吟醸って手間がかかるんですけど酒造りが分かるんですよね。なので忙しいときは泊まり込みで作業して、春になる頃に少し酒造りが分かるようになりました。他にも酒関係のイベントでPR活動をしました。
3年目の現在は、養蚕と酒造りの間に野菜作りもはじめました。厳しいけれど養蚕だけでは食べていけないので、役場の方や群馬県の方と相談して、1年を通して安定した収入が見込めるように計画を立てて、オクラやキャベツ、玉ねぎを作って出荷しています。
Q:甘楽町に暮らしてみた感想を教えてください。
A:甘楽町は人がいいと思います。すごい面倒見のいい人が多いし、住みやすいし、何かやるにしてもサポーターもいるし、あと「ここに住んでくれてありがとう!」って僕一人が住むだけですごい嬉しがってくれる人もいて、環境的にはいい場所だと思いましたね。
また、農業に従事している人が多いので、これから農業やりたい人にはメリットかなって思いました。家庭菜園をやっている方もいますしね。
あとは、「甘楽町いいところでしょ」って、自分の町を誇りに思っている人が多いなって、単純にびっくりしました。なかなか自分の住む町を褒めないですよね。だからいいなって思いました。
Q:任期終了後について教えてください。
A:正直、この3年間は養蚕の技術を身につけるのであっという間でした。はじめは2年で協力隊員を終えてもいいかなと思ったんですけど、結果的には3年やってよかったなって思います。協力隊員として様々な農家さんに研修に行けたし、いろんな方の意見を聞いて身の振り方を考えられました。協力隊員でいるうちは顔が知れるというか、初めて会った人にも「町の所属だよ」っていうと安心してもらえるし、畑を借りるにしても役場の方がついてきてくれればすんなり交渉できるので、ありがたかったです。3年目になっていろんな関係が深まると、知り合いの知り合いが情報をくれたりもするので、よかったですね。
任期が終了した後もやることはほぼ変わらないですね。今後は養蚕農家として独り立ちするので、まずは6万頭以上飼えるようになりたいですね。それから、養蚕農家の厳しい現状を打開したい。全国の若手の養蚕農家とネット上で情報交換をしているんですけど、養蚕を産業として立て直すためにいろいろやっていかなきゃと思っています。